Short Story4(音大生編)

2018年03月12日

≪伝える:舞台に上がるのが怖くなったピアニストが再び輝く日≫

 

 

怖い・・・

 

私が舞台に立つ時にいつも湧いてくる感情だ。

 

舞台で失敗した事がある者ならば分かるだろう。

あの恐怖がフラッシュバックする。

 

ピアノの演奏を深く学びたくて音大の門をくぐったが、試験の時に緊張してしまい、頭が真っ白になってしまった事があった。

暗譜して演奏しなければならない曲を弾くのに、指が迷子になり、音楽が止まってしまった。

沈黙が射抜いて、静寂が覆った。

 

冷や汗とも脂汗ともつかない汗が額から流れ落ち、私は、しかし、必死にメロディラインだけを弾きつないで「もうけっこう」を言われるまで足掻いた。

そして逃げるように舞台から降りた。

 

完全に自分に自信を失い、舞台に上がるのがとんでもなく怖くなってしまい、ピアノは、私にとって苦痛以外の何ものでもなくなってしまった。

 

周囲からは「ただのスランプなんだから、気にするな」と励まされたが、どうしても、怖さから逃れることができなかった。

 

自分が何のためにピアノを弾いているのか見失い、路頭に迷い、ただ苦しさだけを感じて悩んでいた。

そんな私を見て、同級生の友人が「たまにはパーッと遊びに行かない?」と声をかけてくれた。

 

そして友人の親戚が出演するというアマチュアバンドのライブに連れていってくれた。

 

音楽から少し離れようかな、と思い始めていた私にとって、この招待は、正直ありがた迷惑だった。

気乗りしないままドリンクをオーダーし、演奏が始まるのを待った。

 

 

瞬間、ライブハウスが暗転し、音の洪水に呑まれた。

 

その音は、荒削りで、土臭くて、音程も合っていなければリズムもずれているような、いわゆる素人音楽だったが、生き生きと輝いていた。

そう、自由だったのだ。

 

何ものにも縛られない自由な音楽が、そこにはあった。

 

私は思わず身を乗り出して、演奏者たちを凝視した。

皆、とにかく楽しそうだった。

 

上手?下手?そんなの関係ない!と言わんばかりに、自分の音楽を、自分のパフォーマンスを披露していた。

そして、そこには強烈な「俺の音楽を、俺の想いを聴けよ!」というメッセージが込められていて、私は心を奪われているのを自覚した。

 

こんな風に音楽を、自分を、解放して、想いやメッセージを伝える事に全身全霊を注げたら、私も今のこの恐怖のしがらみから抜け出せるかもしれない。

そう直感した。

 

家に帰って、私は猛烈にピアノの鍵盤を叩いた。

ただ、ただ、表現したかった。

自分を。

 

他の何ものでもない、自分を。

 

そう、舞台に上がってやる事はただひとつなのだ。

間違えずに完奏する事ではなく、表現する事なのだ。

伝える事なのだ。

 

私にはそれがようやく分かった。

もう、何も怖がる必要は無い。

 

私は、とても解放された気分で、一心不乱にピアノと向き合った。