Short Story3(ダンス編)

2018年03月05日

≪夢の翼:言葉の壁を乗り越えて海を越えたダンサー≫

 

 

どうしても、やりたい事があった。

どうしても、学びたい事があった。

でも、それは国内の大学では実現できない事だった。

 

このどうしようもない事実を突きつけられて、私は途方にくれた。

 

高校3年生の受験の時に、自分が興味のある分野はなんだろうと思い、まだその当時はぼんやりしていたものの、なんとなく幼い頃から慣れ親しんだダンスと、身体の構造などの相関性に興味があり、スポーツ科学などの勉強ができるような大学に進学することにした。

 

スポーツ科学科の受験に必要な科目はそれほど数も多くなく、どちらかというと実技のウエイトの方が高かった。

私はダンス専攻で受験し、ずっと習ってきたジャズダンスを披露し、他にいくつか身体能力をチェックされるような試験を受けて、どうにか無事合格することができた。

 

スポーツ科学という名の学科名だったが、実際のところは、実技を伸ばし向上させてアスリートになるような、そういった色の濃い学科だった。

身体とスポーツの相関性を研究する学科もあったが、そちらは逆に医療色が強く、私の研究したい内容を扱ってはいなかった。

 

私は、ここに入学したはいいけれど、本当に自分が研究したい事ができないと薄々気付き始めた。そして、色々調べてみると、アメリカの大学でならば、私が研究したい事、学びたい事、仕事につなげたい事が勉強できそうだという事が分かった。

 

アメリカか・・・。

 

私は英語が苦手だから、一瞬躊躇してしまったが、しかしすぐに思い直した。

私がやりたい事は、ダンサーを夢見る子どもたちに希望を与えられるような、身体のハンデをなるべく軽減できるようなトレーニングなどを研究する事だった。

 

これをいつか仕事にしたいと思うようになっていたので、第一線で研究したい思いが強くあった。

 

そこで私は英語の猛勉強を開始した。

大学3年生になったら1年間海外に留学できるプログラムがあり、自分の深めたい分野の大学を選んで渡航できたので、私はそれを目標に、ただひたすらに英語を頑張った。

 

元々それほど英語は得意ではなく、旅行会話もままならなかったが、書店で参考書を買い、ラジオ講座やテレビ講座にかじりつき、留学費用を溜めるためになるべくお金を使わずに独学で英語の修行を積んだ。

 

そして1年半でTOEICの点数を300点伸ばした。

留学するために受験するには十分な点数だった。

 

そして私は晴れて3年生で憧れのアメリカの大学に留学する事になった。

夢を乗せて、飛行機は大空高く舞い上がった。